vol.21 それって、培ったものですか?
誰もが生まれたときから、
望む環境にいられることはめったにないことでしょう。
それでも、
誰もが羨む幸福な環境にいながら、
人生をダメにする人もいれば、
環境が悪くても、そこから這い上がって
羨む幸福な人生を送る人もいます。
その違いは何でしょうか。
運でしょうか、能力でしょうか。
人生を歩むうえで
何をもって幸福とするのでしょうか、
そして何が必要か。
ひとつ考えてみましょう。
「大数の法則」をご存知でしょうか。
たいてい人は自分の成功体験を
「少数の法則」で捉えます。
ひとつ、ふたつの成功体験を
一般化(みんなに通じるもの、正しいこと)します。
もちろん、
普遍的なもの、原則てきなものに基づいたものは
変わることはありませんが・・・。
しかし、それを偶然か実力かという原因を考えることありますか。
長い人生においては、
サイコロを振るのと同じです。
5回振って1の目が連続して
5回も出ることもありますが、
1000回、2000回と回数が多くなれば多くなるほど、
確率どおりの1/6となります。
ちなみに
これを統計学で「平均への回帰」と言います。
これと同じで、
自分の成功体験が人生全般に通じるものだとは限らないということです。
当たり前のように自分自身は年月が経てば、
想定外のことも含めて「できること」と「できないこと」も変化します。
それとは関係なく、環境自体も否応なく変化していきます。
運が良くても、それに固執すれば
その運もどこかで悪くなっていくということです。
それに人生そのものは直線的に右肩上がりに、
自分にとって都合よくいくことばかりではありません。
人生そのものは「ぐにゃぐにゃで紆余曲折」というのが自然な人生です。
もちろん、人によって程度の差はあります。
いいときもあれば、悪いときもありますし、
苦痛の程度が我慢できるものであれば、
その環境に慣れるものです。
そして、
経験のうえで自分にとっての楽しみも見つけるものです。
そういう経験(快楽と苦痛という感情)の総計で
たいていは幸福な人生を図って歩んでいくのではないでしょうか。
しかし、そのような考え方なら、
幸福が続けばいいですが、
運悪く不幸で苦痛の連続になった場合はどうしますか。
そういったときは、
悲観的な捉え方、考え方で何事も捉えようとしませんか。
前提として
その幸福な人生に対する捉え方自体を変えてみることです。
ここでヒントになるのが、
古代ギリシャ哲学者アリストテレスの考え方です。
アリストテレスは「幸福」という言葉を、
快楽を最大にして苦痛を最小にすることでは使っていません。
「道徳的生活を目指すものが幸福であるなら、
快楽と苦痛をそれぞれ適正なものについて感じることだ。
もし闘犬を観戦して快楽を感じるならば、
それは克服すべき悪徳であり、
幸福の真の源ではないと考えられる。
道徳的にすぐれた人は、
快楽と苦痛を集計するものではなく、
それらを一つの線上に並べ、
崇高なものを喜び、卑劣なものを苦痛に感じるものなのだ。
幸福とは心の状態ではなく人間のあり方であり、
美徳に一致する魂の活動なのである」と述べています。
私なりの解釈で言えば、
そのときに湧く感情(苦痛や快楽)に関係なく、
自分が大切にしている価値観に沿った行動を維持できるかどうかです。
たとえば、自分の能力を向上させることを大切にしているなら、
より少ない努力で向上しようと考えるのではなく、
思い通りにならないときがあっても時間がかかってもあきらめないこと、
思い通りになっても調子に乗らず、さらなる向上を目指すことです。
或いは、
日々を楽しむことが大切なのであれば、
人や自分の原因に関係なく、
不快な感情で振り回されないようにすることです。
例えば、人の目や声を気にして、
それに合わそうとすればするほど不幸になります。
といっても我を通すことでもなく、
お互いがお互いを尊重できる関係性を維持することです。
不都合で不快な状況でも
健全な心を維持して物事を捉えて適応していくことです。
人間関係をつなぐ「信頼」も心豊かな幸福も、
何より望む結果、姿、形以上に
そこまで至る紆余曲折のプロセスがあってのものです。
私自身のひとつの考え方として
「プロセスなきもの脆弱この上ない」と思っています。
つまり、
プロセスなくして得たものは、
失うことも、なくすことも早いということです。
環境の変化に適応するために
プロセスを経ないものは
必要不可欠な信頼関係の土台も築かれないし
応用力、対応力、柔軟性が身につかないからです。
いちばんの問題は健全な心が育たないことです。
そこに至るプロセスによって自分の心も育つものです。
望む姿、形、結果の維持は
おそらくそう簡単に築けるものではないものでしょう。
それ相応に代償が必要であり、
自分だけでどうにもならないことも多く、
人の協力も必要だからです。
自分にとっての幸福な人生、正しい人生は
正しいことを選択していくことではなく、
健全な心の維持に努め、人の協力を得ながら、
「思考」錯誤と「試行」錯誤というプロセスによって、
よりよい方向へ導き築かれるものだと思っております。
ご縁をいただくあなた様には、
培った経験に導かれた価値あるものを
提供できるように努めていきたいと思っております。

